息子がアイスホッケーをもう辞める! と言ったあの日

息子にはなにかしらのスポーツをやってもらおうと、3歳くらいのときから、いろんなスポーツにトライアルさせてきたオカン。

  • 空手
  • サッカー
  • 野球
  • 水泳

えっと、あと何やらせたっけ。
体験させる前に「ぼくはやらない」ってはっきりと断られたこともあるから正直覚えていない。

そんな中、3歳年上の幼馴染のSくんがアイスホッケーをやっていて「あきつさんも息子くんと一緒に練習見学する?」と誘われて行ったのだ。
そのときのSくんのかっこよさと言ったら……まさに一目惚れ。

息子に「どう? アイスホッケーやってみる?」と聞いたら「やる」と一言。
息子そのとき4歳。5歳からじゃないとできないと言われて、5歳から始めることに。

アイスホッケーと言えば、「とにかく高い!」というのが一般的な常識ですが、なんと! 無料なんです。
オレたち親子が住んでいる街は「ハーレム」。
とにかくエネルギー余っている子どもたちにスポーツをやらせよう、アイスホッケーをやらせようと立ち上がった非営利団体がありまして、そこがすべてのギアを貸してくれるのだ。

なので練習が終わった後、ハーレムの街を歩いていると「お、オレも昔やっていたよ」というオジサマたちにあったりもした。

そしてシーズンが始まり、映えある初日はなんと息子、微熱があったんですよ!
それでも本人は「ぜったいにやる、行く!」と言い張るから、オカンの心配をよそにリンクまで行って。
「とっても楽しかった!」というけれど、まあ、初めてだから、そりゃリンクの上でコロコロ転がってね……周りの子どもたちもみーんなそうでした。

1年目は「Learn to Skate(スケートを習う)」
2年目は「Learn to Play(ホッケーを習う)」ここで初めてスティックを持ちながら滑ることを習います。
そして3年目と4年目が Mite というカテゴリーになって初めて「チーム」となって、ゲームが始まります。
それから2年毎チームが変わっていって、最後はU-18で、そこから先は大学でホッケーやるのか社会人になってやるのか……という流れ。

息子のポジションは「ゴーリー」。サッカーでいうゴールキーパーですね。
オカンとしては、どんどんシュートを決めるほうがかっこいいからFW(フォワード)をやって欲しかったのに、なんでゴーリー???

「お母さん、まずは守備がしっかりしていないと勝てないでしょ」と息子。
ほへ〜、そういうもんですか。いや、確かにそうだけど。

それに、日本ではサッカーも、まあ、最近はわからないけれど、ゴールキーパーって人気のないポジションですよね?
でもドイツやイタリアでは一番人気というし、アイスホッケーでもゴーリーって一番最後に選手紹介されて、一番歓声があがるんですよ! めっちゃスポットライトが当たっているし!
実は一番人気のポジションであることを、初めてNHL(ナショナルホッケーリーグ)の試合を観たときに知ったオカンです。

息子のチーム事情

毎年、シーズン半ばくらいに「ラスカー杯」というトーナメントが行われる。
ハーレム周辺にあるホッケーチーム対抗で、7〜8チームが参加する。

息子が所属しているチームは「勝つため」というよるも「地域のため」に動いている非営利団体。週1日しか練習はない。それでも無料だし、ギアもぜーんぶ貸してもらえているから文句は言わない。
対する相手チームは5か月のシーズンに当時で3000ドル(ざっと40万円くらい)払っていて、ユニフォームにも名前入りだし、ギアだって新品んだ。さらに週2〜3回の練習があるし、なんなら将来はプロになろうかという子どもたちの集まりだ。

なので、基本、息子のチームは弱いし勝てない。いつも最下位争いしている。

ありがたいことに、息子はその年齢にしては「上手」な方らしくて、スーパーセーブをよくしていた。勝った相手チームの父兄から「良かった、君は上手だった。本当ならもっと点が取れたと思ったんだよ」という言葉を何度もいただいた。

負けるのは仕方ないのよ。
そもそも「チーム」になっていないんだもん。
ディフェンスがないんだもん。
いつも息子1人 vs オフェンス2人だったから、そりゃ防ぎきれません。

ホッケーってプレイしている選手は2分間ごとに変わるんですよ。なのでその組み合わせによっては「点が取れるかも」と期待させられる2分間と「ああ……だめだ……ディフェンスができないのが出できた……」と地獄のような2分間の場合もある。
ゴーリは息子一人だけなので、彼は試合の間ずっとリンクにいる。
なのでこういうトーナメントの場合は、彼はずーーーーーっとリンクにいる。

初めてのトーナメントのときは、攻め込まれるし、休み時間ないまま次の試合始まるし、で、最後は泣いていた。
頑張ったよ! とチームメイトの父兄に言われて、夜ご飯に振る舞われたピザは一番大きいのをもらったりもしていた。

事件が起きたその日もトーナメントの日だったけれど、学校で手首をひねってしまったのだ。
チームには息子1人しかゴーリーがいないから試合はどうなる?! 
「もしもだめだったら、ボクがやるよ」と幼馴染のTが言い出した。
「それ、いいじゃん」と息子。
二人は笑いながら言っていたけれど、これが現実になって、息子が「辞める」と言い出す原因となったのだ。

そして事件は起こった

トーナメントは普段のゲームよりも時間が短くて、前後半入れて合計15分(普段は24分)。
案の定、息子はひねったところが痛くて、スティックを持つことができなかった。

幼馴染くんの登場である。

実は彼もずっとゴーリーになりたいと思っていたという。
一つのチームにゴーリーが2人いることは悪いことじゃない。どちらかというと、これから成長するにあたって1人でゴールを守るのは厳しいから願ってもないことだ。

そして彼は期待に答えたのである。
どんどんセーブしていったのだ。
最初は応援していた息子も、チームメイト、チームメイトの父兄が幼馴染を応援することで、だんだんとすねていったのである。

次の試合が始まるちょっとした休憩時間に、事件が起きたのだ。

息子が叫び始め、コーチたちに呼ばれたのだ。

話を聞いてみると、確かに手首は痛いけれど、試合は半分半分でやる。そう口約束をした。だけど蓋を開けてみると幼馴染は大活躍だし、今までやりたかったゴーリーの地位をそんな簡単に手放したくない、と思うのもわかる。

話が違う!

これが息子の主張だった。

だけど話し合ったけれど息子の主張は受け入れてもらえなかったのと、やはり手首が万全じゃない。だから今日は試合に出ないで応援に回れ。とのことだった。

怒りが収まらない息子はその後の試合を見る、応援することはしないでロッカールームを引き上げた。

帰り道、息子は「ボクはもうホッケーを辞める」と言い出した。
「だって話が違うんだもん。誰もぼくの話を聞いてくれない」とも。

「ホッケーを辞めたいの? それとも違うチームに行きたいの?」

息子はちょっと考えてから「他のチームに行く」と言った。
ハーレムには、もう一つアイスホッケーのチームがある。

「今まではさ、あなた1人しかゴーリーがいなかったけれど、他のチームに行ったら他のゴーリーがいるよね? あなたは1番じゃないよね、きっと。それに今日みたいに試合に出られない日があるんじゃないの?」

息子は黙って、何も言わずに、ただ自分のホッケーギアを入れたカバンを引いていた。

オカンの本音

いやあ、正直面倒くさいなって思いましたよ。
幼馴染が興奮してゴーリーの座を渡したくないって思う気持ちもわかるし(あいつはそういうやつだ)、でもなんでそのとき、両親二人は何も言わなかったんだ?(二人とも興奮していたしね💢 いつもなら冷静に言ってくれるじゃないかっ)

それよりも、どうやって辞めさせないようにしようかなってことばかり、頭の中で考えていた。

だってね、初めて「やりたい」って言ったスポーツだし、練習だって平日の6時半からだったから、リンクにギアもって連れて行ったし、試合するようになったら朝の7時にリンクに行ったりして、そらまあ大変だったんですよ。

日本みたいにお子様お一人行動ができない国ですから。

アンタあたしの苦労、ないがしろにするんじゃないわよ

これが、オカンの当時の本音でした。ひどい😅

だって、ある週末なんて、土曜日の朝に試合、日曜日午前中に試合、夜6時半から練習ってときがあって、何が楽しくて3回もリンクへ? 
歩いて行ける(徒歩30分)場所だから良かったですけれど。

雪の中の試合とかね(リンクは外だ!)

もちろんそういう苦労抜きにしても楽しいことも多かったし、何よりもホッケー辞めたら何もスポーツしないだろうから、それだけは勘弁して欲しかった。

朝7時の試合。左上にうっすらと朝日が見える

息子がホッケーを辞めたがっているという話を友達家族に伝えると
「親のエゴじゃないの?」
「子どもの意思を尊重していない」
などと言われたりして本当に悩んだ。

9歳のときに、この事件が起きて、それから息子はホッケーの練習に行ったり行かなかったり。
彼の気持ちの中では「誰もボクのことを必要としてくれていない」と思ったのかもしれない。

だけどオレたち親子の中では、冬にアイスホッケーをしないなんて選択はないから、とにかく連れて行った。もちろん昔と違って「行きたくない」というときは、無理強いはしないようにして。

そして年齢が上がるに連れて学業が忙しくなるから、1人欠け、2人欠け……とチームメイトの数は減っていく。そんな中、休みながらも息子がホッケーに行ったのは、仲良しなチームメイトがいたからだ。

だけど、大学生になった息子は「あの時辞めなくて良かった」と言っている。
大学側もホッケーを12年間続けていることを評価してくれていたみたいだし、入学するにあたってのアドバンテージにはなっていたはずだ。

さらに2025-2026の冬、息子が通っていたアイスリンクの修復が終わって再オープンしたので、そこでバイトをさせてもらえることになった。
ホッケー関係者の人から話しが廻ってきたのだ。

バイトしてみたら元チームメイトもいて、スケート好きが集まっていてとても楽しかったみたいだ。

「え? 来シーズン? やるよ、もちろん」と、なんでやらないって思うの? みたいな顔された、息子に。


あの時、ホッケーを辞めていたらどんな人生になっていたんだろう。

それは誰にもわからない。

幼いときからスポーツをやってきて、高校生のときに辞めて後悔している人もいるし、やりきったと満足している人もいる。

オレたち親子は辞めなくて良かった、と思っているけれど、辞めて良かった、という人達もいるだろう。

大切なのは、誰になにかを言われてもお互いが納得できる判断ができたらいいなと思っている。

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